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2014年
1月:1,
2月:1,2
3月:1,2,3,4
4月:1,2,3,4
5月:1,2,3,4,5
6月:1,2,3,4


2013年
1月:1,2,3
2月:1,2,3,4
3月:1,2,3,4
4月:1,2,3,4
5月:1,2,3,4,5
6月:1,2,3,4
7月:1,2,3,4
8月:1,2,3,4,5
9月:1,2,3,4
10月:1,2,3,4
11月:1,2

2012年
1-1,1-2,1-3,1-4
2-1,2-2,2-3,2-4
3-1,3-2, 3-3
5月:1,2,3,4
6月:1,2,3,4
7月:1,2,3,4
8月:1,2,3,4
9月:1,2,3,4,5
10月:1,2,3,4
11月:1
2014.3.24(月) 日本(沖縄)
立ち位置

 針きゅうの先生と私。最初は問題なく過ごしていたのだが、徐々に彼女が私にいらだちを感じてきている今日この頃。理由は彼女が思うほどに私が農園のお母さんを思いやっていない事だ。

 この農園が大好きな彼女は、ここのお父さんとお母さんを崇め奉っていて、何かにつけてほめちぎり、全神経をお父さんとお母さんに集中させて、できる限りの手伝いをしてあげようという態度でいた。そんな彼女をほほえましく見つめるお父さんとお母さん。ある種のユートピア的平和な図がそこにはある。しかーし。ここにウーファーという異分子的存在の私たちがいる。トキは半分外国人だから許せるとして、同じ日本人なのに彼女に同調しない私たちは彼女の期待するユートピアの太陽を遮る雨雲のような存在に違いない。

 彼女が朝、誰よりも早くキッチンに立って朝食の準備をすれば、大切なお父さんが飲むより先に私たちが彼女がいれたコーヒーを飲む。出荷の準備に忙しく働いているお父さんとお母さんのそばで、ウーファーの規定作業時間が終わっているから寛いでいる私たちの姿が目に映る。どーして?なんで?のクエスチョンマークが彼女の中で膨らんでいっているのが日に日に目に見えるかのようだった。

 要は立ち位置の違いにすぎない。彼女はこの農園と「お友達」という友好関係の中でマッサージを施して気を使うかわりに、豊富な無農薬野菜を無料でもらって家に送ったり、無料でここに滞在してご飯を食べている。私たちはウーファーという関係の中で一日6時間の作業のかわりに宿と3食を約束されている。我々はきっちりと作業はするが、それ以外の時間を使ってホストに精神的なサービスはそれほどしない。まぁ、人間関係なんだから普通に気を使うが、それだけの事だ。そういう立ち位置なんですと彼女に伝えたかった。

 旅の生活の中で日本人宿に長く逗留しているので、日本人と一緒に時を過ごすことはこれまでも何度もあったが、こういう家族のような形態で一緒に生活するというのは実に久しぶりなこと。久々にこういう形での相互理解の齟齬を感じて、しかも、その齟齬について話すタイミングも話せる雰囲気もないという状況によって、妙な話だが「ああ、日本で暮らしているんだなぁ」という感慨を強く持つことになった。


2014.3.25(火) 日本(沖縄)
チャオ、トキ!

 今日でトキとお別れだ。約1ヵ月を一緒に過ごしたが、寡黙だがユーモアもあってかっこいいお兄ちゃんだった。

 半分日本人の血が入っているとはいうが、日本人のお父さんはイタリア人のお母さんと結婚してからあまり日本語を話さなかったそうで、トキもその兄弟も日本語が話せる人があまりいないそうだ。

 丁度、イタリア語を学び始めた私たちと日本語を学びたいトキはバッチリの学習関係にあった。お陰で折につけイタリア語を訪ねたり、私たちのイタリア語のテキストを使って日本語を勉強したりして楽しかったなぁ。


2014.3.28(金) 日本(沖縄)
新しいウーファー到着

 トキが去ってウーファーが自分たちだけという2日を過ごした後、今日から新しくドイツ人からD君がメンバーに加わる事になった。

 ここの農園では今までは日本語が話せない人は断っていたのだが、私たちがいれば何とかなるというお父さんの判断によって、今回、初めて全く日本語が話せないウーファーを受け入れることにしたのだった。

 記念すべき第一号となったD君は大学院を終えて、ちょっとした卒業旅行としてネパール、インドを経て日本にやってきた。上がりかまちで靴を脱がずにあがろうとしたり、私の名前でメッセージのやりとりをしていたのだが、「あなたがakikoですか?」と夫に握手を求めるなど、本当に日本が初めてという超フレッシュぶりを発揮してくれていた。

 今まで出会ったウーファーは日本語も話せるし、日本の文化や習慣も知っている人ばかりだった。この「むき出し」とも言える外国人ウーファーとの新しい日々が始まる。

 「魚が少しなら食べられます」というコメントを聞きながらも「今日はお刺身なのよねー」とがっつり魚メニューの夕食を出すこの家が好きだ。

 D君も箸を使う興味からか、お刺身もどんどん平らげて問題ないようだった。面白いから納豆も一口すすめてみたところ、味は大丈夫だが見た目の気持ち悪さがどうにも驚きの食品だという感想。「納豆と卵かけご飯が大好きです」とかいう他ウーファーに比べると、この反応も初々しくてよいぞお!


2014.3.29(土) 日本(沖縄)
もう一人外国人到着

 昨日に引き続き、新しい外国人が作業仲間に加わった。フランス人のAちゃんだ。

 Aちゃんはワーキングホリデービザで日本にきている。約半年間、京都のゲストハウスで働いてから沖縄にやってきたそうだが、那覇からヒッチハイクで本島北部までたどり着き、そこで畑で働く農民に「私も農業をやってみたいのだが」と声をかけた所から別のウーファーのホストに引き取られた。しかし1週間後、そこのホストに正規ウーファーがたくさんやってきて満室になったので、知り合いのここの農園に託されたという経緯。

 可愛らしくて明るいAちゃんは一気に食卓に華を添える存在となり、D君も外国人を得てホッとしているようだった。っつーことで週末なのでビールで乾杯!


2014.3.30(日) 日本(沖縄)
ブルスッケッタ

 男性の作業はうっちん(うこん)の仕分け。収穫してきたうっちんは黄色い春うっちんとオレンジ色の秋うっちんと紫ないし水色のうっちんの3種類が混合している。これを色別に分け、更に秋うっちんを球根とその他の部位にわける作業。

 秋うっちんの球根以外の部分を買ってくれる人がいるので、大急ぎでその部分だけを集めなければいけないのだった。

 私とAはトマトの収穫。前の農場では一日に4種類の異なる仕事を時間も分断して行っていたAにとって、昼休み2時間をはさむものの6時間同じ作業をするのはどうにも苦痛らしかった。

 そんな苦痛を紛らわすように私たちは大いにおしゃべりしながら作業した。そんな中でAのおじいちゃんがイタリア人だと言う事がわかって、おじいちゃん、おとうさんは家でトマトを育てていることもわかった。だったら、本場のブルスケッタを知っているんじゃないかと聞くと、案の定、彼女の大好物だというので、夜、早速ブルスケッタを作ってもらうことになった。

 2cmくらのキューブに切ったトマトに塩・コショウ、たっぷりのオリーブオイルを加えて、トマトの水分とオリーブオイルが乳化してトロトロになるまでよく混ぜる。こんがりと焼いたトーストに生のにんにくの切り口をかなりたっぷりとすりつけ、そこに先ほどのトマトを乗せてできあがり。ポイントはトマトとオイルをよーく混ぜる所と大量ににんにくをすりつける所だと思う。簡単なのにものすごくおいしいブルスケッタ。やっぱり、本場というのはポイントが違うといたく感心した。

 今日はお母さんが外出して感想が聞けなかったのは残念だが、お父さん他男性陣はこのブルスケッタを絶賛。「こんなおいしいトマトの食べ方があったなんて!」と口々にAをほめそやし、Aも大満足の表情だった。いや、本当においしかった。

 Aは大満足の表情をしながらも、皆が口々にほめそやすのに対して、片手を顔の前でひらひらと振りながら「いいぇ、いいぇ、そんな事ありません」と日本語で言う。この日本人ぽい対応に一同また大爆笑だった。

 これは京都にいる時に覚えたのだそうだ。自分の能力をほめられると嬉しくなってどんどん表現する傾向にあるパリジャンと、日本人、特に京都人は対極にあるのがAにとってはとても印象深かったそうだ。どんなにほめても全員が「そんな事ありません」と否定する意味が全くわからん、わからないけど不思議で面白いので真似してみたら日本人に大いに受けるのでやってみているのだそうだ。


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