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2011.04.09
いきなり音楽に包まれる町
ハバナから夜行バスで12時間、朝6時半に到着したサンティアゴ・デ・クーバではターミナルの建物を出るなり客引の喧騒に取り囲まれて眠気が吹き飛んだ。
「タクシー代金込みで一泊一部屋CUC20だよ」
「こっちは町の中心部に近くて便利だよ」
とまぁ、色々とうたい文句はあれど、客引にくっついていくと割高になることは事前の情報でわかっている。私たちは他の旅人が宿泊して良かったという宿の名刺をもらっていたので、とにかくそこに直行しようと考えていた。「決まっている家があるから客引きはいらない、タクシーだけ必要だ」というと、一人の男が「俺はタクシー手配だけだ」というのだが、タクシーを停めて自分もそのタクシーに一緒に乗り込んできた時点で、こいつも客引だとばれた。やれやれ。私たちは即座にタクシーを降りて運転手にこの男をつまみだすように命じて、やっとタクシー運転手と自分たちだけで出発することができたのだった。客引きは最後まで「その行こうとしている家は中心部にないから、こっちにしろ」と他の家を勧めていたが、走りだして3人だけになったタクシーの中で運転手は「大丈夫、君たちが行こうとしている家は中心部にあるから」とつぶやいた。運転手さんも色々としがらみがあるようで大変そうだ。因みにここで初めてアメリカ車のタクシーに乗ったのだった。
客引が激しいのはトリニダ―だと聞いていたのだが、サンティアゴ・デ・クーバにもその波はもう来ているらしい。次に向かうトリニダ―のよい予行演習になった。
目指した家は既に他の客がいたために近所の別の家を紹介してもらって、やっと落ち着く事ができた。夜行バスで来た日はシャワーでも浴びて午前中は仮眠を取るくらいがいいのだが、朝のファイティングでお腹が空いてしまったので朝ごはんを作ってもらうと、これがたっぷりとした量でますます目が覚めてきてしまった。もうこうなったら観光に突入だ。と、私たちは昼前からサンティアゴ・デ・クーバの町に繰り出していったのだった。
サンティアゴ・デ・クーバの町は南から北に向けて入りこんだサンティアゴ・デ・クーバ湾の東側に広がる町である。湾から東に向かって500mほど坂道を上った場所にセスペデス広場があり、そこから更に東に向かって3〜400mおきにドロレス公園、マルテ広場が続く。この3つの公園や広場の南北に見所が集まっている。宿から坂道を上がってセスペデス広場に行き、そこから観光開始。それにしても平らな場所がない町だ。至る所が坂道になっていて、ソロバンのような窓格子の古い建物が並んでいる。少しイスラムの文化が入っているような、だから南スペインのような不思議な雰囲気をかもしだしていた。
広場からブラブラと歩いてカーニバル博物館というのにぶつかったので入ってみることにした。入場料CUC1を支払って中に入る。
毎年7月にこの町で行われるカーニバルの歴史や装束などを展示した博物館だがそんなに展示数もなく、展示されている写真や衣装も置き忘れられたような形でちょっと寂しげな博物館だった。係員の女性が私達にはりついて順路を教えてくれて、最後にさぁ、この扉から出てくださいと指示されたのだが、まだ一部屋見ていない場所があったので戻ってみることにした。
その部屋では何かビデオ撮影が行われていて、先刻入れなかったのだった。戻ってみると、ビデオを撮影しているのは日本人青年だった。彼はここでもう5ヵ月も太鼓の勉強をしているユータ君。今日は太鼓を教わっている大学の先生がこの博物館で講義する様子を教材として撮影する仕事を手伝っているのだそうだ。
先生はフランス系奴隷として連れてこられた黒人から始まったトゥンバ・フランセについて熱く講義を行っていらっしゃる。言葉はわからないけど、先生の情熱はビシビシと伝わってきた。
ユータ君と出会ったことで、今回の私達のサンティアゴ・デ・クーバでの滞在はものすごく色濃いものとなっていったのだが、この時はまだそんな風になるとは思わずお互いに軽く自己紹介して、今日の午後4時過ぎからドロレス広場で無料パフォーマンスがあるから又そこで会いましょうなんて言って別れたのだった。
カーニバル博物館を出てセスペデス公園に向かって歩くと左手にカサ・デ・ラ・トローバというライブハウスがある。メインは夜10時から2階で有料コンサートがあるのだが、昼間は1階に2つある小さなサロンで無料コンサートなどがちょこちょこ開かれている。
週末ということもあり、この日も入れ替わり立ち替わり人がきて少し歌っては去って行くというミニコンサートが行われていた。
マルテ広場からガルソン通りに入ってすぐの右手に人民ペソで食べられるおいしいシーフードレストラン「Espana」があると聞いて、そこで昼食。海鮮ご飯、魚のフライなどたっぷり食べても二人でUS$5弱だから驚きの安さだ。「モネダの店」(モネダ・ナショナル、つまり人民ペソが使えるレストラン)はやめられない。
更に街中をぶらつきながらCUP1(4円)のソフトクリームも食べたりしていると、あるカフェでソロバンの窓格子越しに「寄って行かない?」と声をかけられて入ってみると、天井の高いクラシックな雰囲気のカフェ。メニュー表にはMN(モネダ・ナショナル)で1、つまり一杯4円と書かれているのだが私達のような外国人観光客はCUC1(つまりUS$1.08)に値上がりする。それでも、雰囲気がいいので、ここでお茶することにした。すると、さっき窓越しに声をかけてきた女性が連れの男性のギターを伴奏に歌い始める。そう、彼女たちはカフェ付きのミュージシャンだったのだ。
明らかに私達ターゲットに歌を歌ってるなぁ。そう思って聞いているとついに男性が立ちあがって私達のテーブルまで来て目の前で歌を披露。あーあ、こうなったらチップを渡さなきゃね。モネダで10(40円)札を一枚ピラッと入れて許してもらった。この札一枚でこのカフェで10杯コーヒー飲めるからね。それにしても気軽に入ったカフェでこんないい声の歌を聞けるなんて、やはりサンティアゴ・デ・クーバは素敵だ。
そうこうするうちに、ドロレス広場でパフォーマンスが始まると聞いていた4時。実際に始まったのは5時だったが1時間も前からねばっていたのでかなり近い場所で見る事ができた。このパフォーマンスはナイジェリアから来たヨルバ族起源の歌が入っていて、かなりフォルクローレ(黒人系民俗音楽)色が強いものだった。おそらくサンティアゴ・デ・クーバで有名な「ソン」という音楽を聞かせてもらったのだと思われる。
ここにあるオープンカフェがミュージシャンを呼んでいるらしく、カフェ飲み物を買ってテーブル席で見ているのは、実はアルコールの持ち込みも多いにしている常連の地元民がほとんどだった。外国人はエリアの柵の外から私達のように遠巻きに見ている。それゆえに、ボーカルの女性の歌に合わせて観客が合唱したり、掛け合いに応じたり、ダンサーの踊りに一緒になって踊ったりと、地元民のノリの良さがパフォーマンスと呼応するのを充分に見る事ができて、とてもよかった。

それにしてもアフリカに旅行して以来じゃないだろうか、こんなに本格的な太鼓のパフォーマンス、アフリカ的な謳い方のいい声、そして躍動感あふれるダンスを見たのは。しかも単なるステージじゃなくて、地元民が盛り上がっているってのが本当に素晴らしかった。来た来た〜、キューバに来たねぇという気持ちが否応なく盛り上がってくるのだった。
今夜は民宿に夕飯をお願いしていたので、一度宿に戻って夕食。一人CUC6(US$6.48)でたっぷりとした量のおいしい夕飯を食べられて大満足だったのだが、サンティアゴ・デ・クーバにはモネダ・ナショナルで食べられるレストランが増えていて、二人で500円くらいで同じような内容の食事ができてしまうので、民宿での夕飯はこの一度きりになってしまった。ごめんね、お母さん。
さて、夕食後は週末に盛り上がるというマルテ広場西側のガルソン通りに行ってみた。カーニバル博物館の女性に民俗舞踊のクトゥンバを見たいのだがと言うと、夜のガルソン通りで見られるかもしれないと言われたからだった。週末のガルソン通りは車両通行止めして歩行者天国になっていて、あちこちに屋台が出るにぎやかな場所になっていた。そこここで大音量の音楽が聞こえるが、単に屋台が音楽をかけていたり、誰かのコンサートDVDをスクリーンに映していたりで、なかなか生演奏はなかった。やっとステージが見つかったと思ったら、何やらスポーツウェアー会社のファッションショー。これはこれで地元民に大人気で、みんな携帯電話やデジカメでビデオ撮影している。私にとっては、キューバ国民のこんなに多くがこうしたビデオ撮影できる機器を持っている方が驚きだった。そのうち、民俗音楽を行っているステージが1つみつかった。さっきのファッションショーよりは人が少ない。この国もこうした昔ながらの形の伝統芸能よりは進化したサルサやレゲトンへと関心が移っていってしまっているのかもしれない。人は増えてきてもステージは増えそうもないので、中心部へと戻る途中のマルテ広場では若者がラップを歌うステージを行っていて、これも新しい感じがした。それにしても、週末だからだろうが、夜になると一層、街中に音楽があふれてきている。人も多いし、とてもにぎやかだった。
夜10時からはカサ・デ・ラ・トローバというライブハウスで毎晩コンサートが行われている。入場料金がCUC5(US$5.4)とかなり高いのでお客の大半は外国人だが、その分レベルの高いアーティストが呼ばれいてるようだ。
1階の演目ボードには7人女性グループの写真が貼り出してあって、「ソンの真珠」Perlas
del Sonと紹介されている。ソンはキューバの中では「伝統音楽ムシカ・トラディシオナル」に分類されて、サルサのもとになっている音楽だそうだ。キューバでいう「伝統音楽」とは欧州系音楽とアフリカ系音楽が入り混じって生れた音楽で、ソンは19世紀末頃に形成されてきたサンティアゴ・デ・クーバ発祥の音楽だ。因みに「伝統音楽」以外にはスペイン起源の農村音楽「ムシカ・カンペシーナ」とアフリカ起源の民俗音楽「ムシカ・フォルコロリカ」があり、キューバ音楽は大きくこの3つに大別されるのだそうだ。この辺りの知識は、今回のキューバ旅行にあたって買ってきた「旅行人」という雑誌の2009年下期号のキューバ特集号の中に書かれていた記事で知った。
10時を少しまわったくらいなのに、会場は既に半分以上が埋まって大盛況だった。音楽が始まってほどなくして踊りだすカップルもいて雰囲気はますます盛り上がってきた。週末ということもあり、ここでダンスを習っているような長期滞在者とその先生たちと思われるグループもきていてダンスはとてもレベルが高く、音楽もさることながら観客のダンスも見物だった。

こうして午前1時までたっぷりと音楽を楽しんでやっと宿に帰宅。今日、サンティアゴ・デ・クーバに到着したとは思えないほど色々な音楽にふれあえた一日だった。すごいぞ、この町。
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