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2010.04.15
ムーニョ村サンキャンプでの生活開始
ドミニカ共和国:プエルト・プラタ

 私達が滞在を決めたサンキャンプという宿は、カナダ人の女性ディアナDianaが経営するアパート群で2階建3−4部屋の宿泊棟が3つ敷地内に点在している。

 この場所はTrip Adviserという旅の口コミサイトで格安の物件を探していて見つけた。宿泊した人の評価はまっぷたつに分かれていた。ネガティブなコメントの人は、リゾートバケーションをしに来るにあたって安い宿を求めてきた人。こういう人は海沿いのオールインクルーシブな快適だけれど一泊US$70以上するようなホテルを念頭においているので、「森の中の宿で足が泥だらけになる」「人生で一番大きなクモが部屋をはっていた」などと書いている。一方、この宿がリサーチャーやボランティア活動者を対象としていて、海から2.5km離れている山中にあることを理解している人は「自然の環境が良かった」「スタッフの地元民がフレンドリーだった」というようなコメントになっていた。まぁ、これらのコメントでだいたいの様子がわかった。

 後はサンキャンプのウェブサイトを訪れて料金、町までの交通手段などを把握。一泊だとUS$20以上なのだが一ヵ月の滞在にするとUS$270〜と恐ろしく安くなる。町までは巡回のバスのような物があることがわかったので、私達はここに3日滞在して1週間ほど国内小旅行し、残りの1ヵ月を再びここで過ごすことでドミニカ共和国での滞在費を圧縮するという予定にした。オーナーがカナダ人なので英語ですいすいメールできるのが楽だし、メールのやり取りで常識的な会話レベルが一緒な事もわかって安心できた。

 ところが、昨日、到着してすぐに空港のATMにカードを飲み込まれる問題が発生。3日でここを出るはずが1週間くらい足止めをくらいそうになる。すると1ヵ月滞在が不可能になり宿泊費が跳ね上がってしまう!オーナーのディアナに相談したら「大丈夫。途中で小旅行にでかけても前後あわせて1ヵ月という換算にしてあげましょう」と二つ返事で承諾してくれたのだった。ふー、助かった。

 こうして今日からムーニョ村での滞在が始まった。

 朝、「はいー、パイナップル―、バナナ―、人参、レタスもあるよ〜ん」とちょっと間延び
したマイクロフォンの音声と共にがたがたと未舗装道路をトラックが走ってきた。移動八百屋さんで、時々やってくるのだそうだ。値段はスーパーと比べて安いわけではないが、鮮度がいいのと町まで買いに行かなくていいので宿泊者には人気なのだ。


 宿を出て徒歩3分くらいの所には村に全部で8つあるというColmado(小商店)の1つアントニオがある。コルマードは窓口からあれとあれをくださいと店の中の物を指定して、お店の人に渡してもらうタイプの商店で自分で商品を手にとって選ぶ店ではない。もっとも瓶詰め、缶詰、乾物、雑貨が主なので手にとってみるべき物はあまりない。置いてある商品も市内んの大型スーパーの先進国並みの品揃えと比べると、おそらくドミニカ共和国の平均的な国民が使っているだろうと思われるあまり質の高くない製品が多い。ただ、地元の人が集まっておしゃべりの場所になったりして、それなりにコミュニティーセンター的な役割を果たしているのを見るのが面白いようだ。


レジがずらりと並ぶスーパー

海外青年協力隊員のヨーコさん(左端)とミキさん(右から2番目)
 今朝はオーナーのディアナさんが町に行く用事があるというので片道を車に乗せてもらうことができた。まずは大型スーパーで買い物だ。昨日見た村のコルマードが別世界のように、ここは先進国のような品揃えで驚く。

 この日は偶然にも現役の海外青年協力隊員に出会うことができて、このスーパーの2階で少しおしゃべり。彼らに聞いたら市内のオフィスの秘書のような女性の月給が2万4千円くらいだから、とてもこれらのスーパーで買い物できる生活は無理だ。それにもかかわらず、こんなレベルのスーパーがもっと小規模だが他に2つも成立しているのはよほど貧富の差が激しいのと、外国人が多く生活しているのだろうと思われた。

 因みにここの2階のフードコートでドミニカ料理が安く食べられるという情報をイギリス人から得て来たが、そんなにドミニカ色は強くない。それより街中の食堂の方が典型的なランチが食べられる。

 銀行でカードが飲み込まれた件の話をして、用事も済んだのでムーニョ村に帰ることにした。村と市内の間には一定ルートを巡回するRUTAと呼ばれる乗合タクシーが存在する。

 RUTAにはあちこちの路線があるが、私達はタクシーの天井に「RUTA MUNOZ」と書かれたのに乗ればいい。

 巡回路ならどこで手を挙げれば止まってくれる。村までの料金は一人25ペソ(63円)だ。ムーニョ村に行く外国人なんてサンキャンプの宿泊者しかいないし、ディアナの地域への貢献はよく知られている(学校への寄付や宿泊者をボランティア活動に紹介するなど)ためにムーニョ村のタクシー運転手はディアナの客からお金をぼったくろうなんて気持ちは全くないようだ。

 今日の運転手さんはホカホカのポップコーンをお客にふるまってくれた。場合によっては助手席に2名、後部座席に4名を詰め込むのでポップコーンを食べるゆとりもないくらいだが、初めて乗ったこの日はそんなに混んでいなかった。

 村に戻ると馬に乗っている人とすれ違った。彼らは観光で乗馬しているグループだったが、この辺りでは車代わりに馬を飼っている人が少なくないそうだ。

 この後、私達はディアナの知り合いの馬使いをガイドに乗馬トレッキングを楽しむことになった。



 今日は宿を出がけにパーティーがあると誘いを受けていた。ディアナは隣国のハイチからやむなく不法入国してきてしまった子供たちを助けるボランティアもしている。ティーンエージャーで国を抜け出し泥だらけになっててここにたどり着き、やぎ小屋でいいから寝かせてくれと頼み込んできた子が、今日立派に20歳を迎えたお誕生日会なのだそうだ。

 最初に集まってホットドッグなどを食べながら談笑。今、宿泊している人はアメリカ人の女性画家、馬のひづめのトリートメントを教えに来たカナダ人、老後のバカンスで来ているカナダ人男性数名などが宿泊者で、あとは主役のお友達のハイチ人がぞくぞくと集まってきた。

 主役の登場でスペイン語とフランス語(ハイチはフランス語が公用語)で「ハッピーバースデー」の歌を歌いお誕生日を祝う。あとはダンスタイムだ。ドミニカ共和国はバジャータとメレンゲ発祥の地だそうだ。どういうステップかよくわからないままにも、いきなりハイチ人と踊ることになった。ハイチは最近大きな地震があって今回の予定からはずした国なのに、こんな所でドミニカ共和国人よりも先にダンスを踊ることになるなんて、思ってもみなかった。ドミニカ共和国人に比べると、ハイチ人はもっと色が黒い。宿泊者の男性がハイチ人の女性をダンスに誘うと「いいえ、私は踊れません」と手のひらを横に振る姿が肌の色は違えど日本のOLさんみたいで面白い。

 中にはブレークダンスの得意な男性がフリーダンスを披露してくれて、パーティーに1時間くらい参加して部屋に帰ってきた。いやー、のっけから濃い体験だ。


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