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2009.03.22
夜のフロリーダ、オナ族、そしてタンゴショー
タンゴの都ブエノス・アイレスは夜になると輝きを増す。洒落たカフェに明かりがともり、着飾った紳士・淑女が繰り出す町はおもいっきりドレスアップしてウキウキと楽しむのが向いている。
宿にいる旅行者がよく行くタンゲリア(タンゴショーを見ながらお酒を飲んだり食事ができる場所)はエル・ケランディ−ワイン付で一人80ペソ(=US$22.4)、バー・スール−ピザ小1枚付で50ペソ(=US$14)などがある。他にも食事つきで180ペソ、送迎と食事付で300ペソなんていうのもあって値段が高いほどに観客のドレスアップ度が高まるようだ。
そんな中で私達が選んだのはボルヘスBorgesという公民館のような文化施設の劇場で行うタンゴショーでもちろん飲み物も食事もつかないで一人15ペソ(=US$4.2)。どんな内容かよくわかっていないがタンゴには違いないのでちょっと見に行ってみることにしたのだった。
夜8時会場ということで宿を7時に出る。ボルヘスまでの道中にはフロリダ通りというにぎやかな通りがある。こんな時間に外に出ることもない私達はライトアップされた建物で止まり、フロリダ通りの路上タンゴパフォーマーで止まりしながら会場に向かった。
ボルヘスの受付カウンターでディスカウントチケット屋で買ったチケットを見せると席番の入った正式チケットと交換。そうそう、この時に一人3.5ペソ税金も支払った。開演は午後8時。8時から会場と聞いていたのに会場は8時20分ということで私達はたっぷり1時間も時間があることになった。会場は受付カウンターの上の階。上の階には劇場もあるがその手前で写真展も行っていて本来は10ペソ支払って見るものらしかったが、するすると上がってきてしまったので展示会をゆっくりと見ることになった。
「El fin del un mundo(世界の果て)」と題された写真展は世界の果てと言われたウシュアイアの周辺に住んでいた原住民セルクナム(別名オナ族)を紹介するものだった。宣教などの目的でヨーロッパから人が入ったことで今までになかった病原菌が入り絶滅してしまったという歴史があるそうだ。寒い地域にもかかわらず肌をあらわにして体にペインティングしているのは祭りの時の様子だそうだ。その顔は私達日本人にも近いモンゴロイドで昔の日本人の写真といわれても納得できそうな人もいた。
展示会のポスターのモデルになっている女性はスペイン人とセルクナムの間にできた子供で、こういう人々が生き残ってセルクナムの風習について語っているビデオがあった。といってもビデオの撮影自体が70年代くらいのものなので既に亡くなられいるかもしれない。ひょんな事からとても貴重な映像を見ることができた。
気づいたら8時20分近い。まずい、もうそろそろ開演じゃないだろうか。写真展の1つ下の階に行くと長蛇の列でそこが会場らしかった。チケットを見せると席まで女性が案内してくれた。
焦る必要は全くなかった。結局、開演は8時50分くらいになったからだ。こういう所もアルゼンチンらしい。集まった人々はタンゲリアに比べたらずっとドレスダウンというか平服に近い人が多いし、観光客よりは地元の人が多かった。こいういうのを期待していた私達は「当たりだね」と観客を見て、まず判断した。
2部構成の第一部は男性3名女性2名のタンゴダンサーが登場。曲も踊りもタンゴなのだがとてもストーリー性があって言ってみれば「様々な男女の関係」をタンゴで表現したものだった。
恋人の中むつまじい様子、激しい恋愛、2人の男性の間で揺れる1人の女性、そしてゲイの愛、はては男女間のドメスティックバイオレンスまでタンゴで表現されていて、言葉がないのに非常に雄弁なダンスが演劇を見ているようで面白かった。特に最後の方のダンスが非常に官能的だった。髪が腰まで伸びた女性が客席に背を向けて男性ダンサーとゆっくりと踊る。すると男性ダンサーがするりと女性のスリップドレスの肩紐を左右に落とし女性は上半身裸になる。男性もTシャツをぬぎさって2人とも上半身裸で踊りを続けるのだが、長い髪で隠された女性の胸が暗いステージの光の中で見え隠れする様とタンゴ特有の体の動きがあいまって官能の世界を作り出していた。
拍手喝采で第一部が終了。10分の休憩の後に2部が始まるのだそうだ。それにしても寒い。空調が効きすぎていたのだ。こういう場合って白人系は平気でアジア系だけが寒がっている事が多く、空調の温度を上げて欲しいというリクエストは往々にして却下される。でも今日は会場の外で腕をさすっている白人女性もいて白人といえども寒いらしいので大丈夫かもしれない。トイレを済ませて会場の係の女性に室温を上げて欲しいというとすぐに聞き入れられて、即刻寒くなくなった。助かった。
さて、第二部は3人のバレリーナと3人のタンゴダンサーが出てきて組んで踊る。じょじょにタンゴの魅力に惹かれる3人のうちの1人はチュチュを脱いでセクシーなドレスに着替え、トゥーシューズをピンヒールに履き替える。迷っている一人は片足にトゥーシューズを残して片足だけピンヒールに、そして頑なにトゥーシューズをはき続ける一人。揺れ動く女心を描くダンス物語だった。特に片足だけピンヒールに履き替えた女性はピンヒールの足を踏み出すとタンゴ、トゥーシューズの足を踏み出すとバレエの動きで揺れる心を表現しているのが見事だった。
こうして1時間20分ほどのショーが終了した。
見て始めてパンフレットにトゥーシューズとピンヒールが描かれている意味がわかったのだった。
通常のタンゲリアでは見られない前衛的で実験的なダンスショーは今に生きるタンゴの側面を見たという意味では大変に面白い企画だった。日本でも能をもっとわかりやすくする試みなどが行われているようだが、ここではタンゴということになるのだろう。どの国にも残していくべき伝統文化があるだろうが、えてして風化して人気がなくなり、ひどい場合にはすたれてしまうこともあるだろう。受け手の人間が新しい文明の中で自ら変化しているのだがら、伝統文化も根幹を残しつつ受け手の変化に合わせて進化していくのを見るのも楽しいよなぁと思った夜だった。
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