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2010.06.30
ローマ観光(2)〜テルミニ駅周辺とポポロ広場周辺
イタリア:ローマ

 ローマ観光2日目。

 ローマに到着したらやらねばならぬ事が2つあった。1つは日本から中央郵便局留で郵便物を送ってもらうこと、もう1つは出前一丁の調達だった。これからの長いキャンプ生活では、午前中に移動して昼に次のキャンプ地に到着した時、出前一丁の昼食が手軽でとても便利なのでニースで出発時に買ってきたのだが、ちょっと足りない。買い足したかったのだった。

 ということで今日はこの2つの用事を済ませながらの観光になる。

 出前一丁などを売っている店は「地球の歩き方」の情報からテルミニ駅周辺にあるだろうとわかり、確認のために1つ手前のレップブリカ駅近くにある観光案内所で中華街があるかどうかを聞きに行くのを第一目的地とした。ところがレップブリカ駅近くの観光案内所はつぶれてなくなっていて、テルミニ駅構内にしかないことが判明。ということで、とりあえずレップブリカ駅目の前にあるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会の見学をすることになった。大きなロータリーになったレップブリカ広場は中央に4人の妖精がいる「ナイアディの噴水」のある広場だ。これに面して、ローマ時代のバジリカを活かしてミケランジェロが設計した教会がある。バジリカの趣を残したために外観は教会というよりは洞窟の入り口のようになっているのが変わっていた。
 

 教会内部は驚くほど天井が高く、十字になった内部も左右の幅が広い。とにかく大きな大きな建物だった。バジリカというとキリスト教の教会というイメージを持っていたのだが、ローマ時代のバジリカとは人びとが集まって会議などをする場所の事を指したそうだ。広大な浴場の中心にこの大きなバジリカが建てられいて、それが再建されて教会になっているという。バジリカだけでもかなり大きな建物なので、更にこの周りに浴場があったということからどんなに巨大な浴場施設だったかが想像できる。ミケランジェロはローマ時代の遺跡を重視しながら教会を設計するのに苦心したそうだが、確かにここに立ってみると普通の教会と違った趣があるのが感じられるのだった。

バジリカとその手前に浴場がある想像図

浴場全体想像図

 サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会からテルミニ駅までは600mくらいなので歩いて行ける。しかしローマというのは、この「歩いて行ける」が結構曲者なのだ。街中に有名どころが散らばっているので、6〜700m歩けば次の見所に到達してしまう。ああ、行ける、行けると歩いていると、いつのまにか恐ろしく疲労困憊してしまうのだ。まだ、2日目の朝のこの時はそんな事も考えず、どんどん歩いて移動していた。

 テルミニ駅構内の観光案内所はヨーロッパの各地から到着したばかりの観光客が列をなしていた。並んでいたら後ろに並んでいた男性が列を離れていく間際に「僕は君たちの後ろに並んでいたからね」と確認するように言う。「いやいや、そんな事言っても君のポジションは確保してられないから」と言ったのだが、彼はどこかに行ってしまった。

 しばらくして私たちの後ろには数人がすぐに並んだのだが、やがて戻ってきた男性は当然の顔をして私達の後ろに割り込んだ。最初は何かの間違いかと思っていたらしい、私達のすぐ後ろの英国男性はついにたまりかねて「君はなぜここに割り込んでくるのか」と言い始めた。すると彼は「もともと私はこのポジションにいて、ちょっとトイレに行ってきたので同じ位置に戻ったのだ」と返事をしている。英国男性は、一度列を離れたらもう一度最後尾から並ぶのがルールだろうというと、男性は自分の国ではトイレに行くのにちょっと荷物を見ていてくれるとか、列の順番を確保してくれるというのは常識になっているという。彼の発音から、どうやら東欧系の出身だと思われた。

 日本でもねぇ、20年、30年前は東欧系の彼のいうような人情と常識がまかり通っていたと思うが、今ではそういうのは通用しない。誰もが時間を気にして時間が財産という考え方が徹底しているからだ。私もこの国際的な観光地でこの東欧系の男性の言う事は通用しないと思う。英国人の男性に賛成だった。そこで振り返って「だから私はあなたのポジションは確保できないと言ったでしょう」と言ったのだが、これは見事に無視されて、東欧系の男性は今度は英国人に違う角度で攻撃を始めた。「あんたは一体、案内所で何を聞きたいんだい?」。

 すると英国人男性は自分の乗る電車についてちょっと質問だあるのだと答えた。すると東欧系の男は鬼の首を取ったように居丈高になり、電車についての質問はここじゃなくて駅の案内所に行かなくてはいけないんだと逆に説教を始めた。この態度にかなりカチンと来たのか結局、英国男性が列を離れて出ていってしまった。

 喧嘩というのは場合によっては、常識的な事よりも業腹な事が勝因っだったりする。

 案内所で聞きたかったのはローマで行われるクラシック音楽コンサートの情報だった。しかしこれは多すぎて一度にまとめて情報を渡せないと言われ、あまり並んだ意味がなかった。また中華街があるかどうかを聞いたのだが知らないと言われてこちらも成果なし。英国人と東欧人常識の違いを見られたのが、せめてものイベントだった。

 さて、中華食材店を求めて駅から南西にあるサンタ・マリア・マッジョーレ教会を目指した。この教会から南西ののヴィットッリオ・エマヌエーレ広場までの通りが中華街らしいのだ。ひとまず
教会の見学だ。天井、後陣、礼拝堂とゴージャスな作りで「へー、ほー」とため息の連続だ。

15世紀の鐘楼、18世紀のファサード

内部は神々しい金箔使いの天井と数多い大理石の柱でゴージャス

側廊上のフレスコ画と天井もまばゆい色合い

後陣(アプシス)はローマ・モザイクの代表作。ビザンチンとは違う。

主祭壇の下、地下に入るとベツレヘムでキリスト誕生時にイエス・キリストがが眠ったかいば桶の木片が入った入れ物がある。誰がかいば桶の木片を取っておいたのだろうか。

主祭壇の右側のとてもわかりにくい場所に、ひっそりとバロックの巨匠ベルニーニのお墓がある。

 この教会を出た所で、中国人が経営するアクセサリー小物店がみつかった。英語が通じず、私達もイタリア語が話せないので、結局、漢字で筆談することになった。「拉麺、米、購買」とか何とか書いていくと通じた。やはりヴィットリオ・エマヌエーレ駅近くにあるようだ。「あんた、中国人か?」と聞かれ日本人だと中国語で答えると中国語ができるのかと嬉しそうにたたみかけて話してくるので、残念ながら中国語はできないのだと答えた。こんな時に中国語ができたら面白いだろうなぁ。店員の中年女性と若い女性は親子だろうか、珍客の来訪をかなり面白がってくれて、屈託のない笑顔で色々と店の情報を教えてくれようとした。アジア人同士というのはいいなぁとなんだか気持ちが温かくなる。

 Via Carlo Albertoをヴィットリオ・エマヌエーレ公園に向けて歩いたら、いわゆる観光向けの中華街と違って、洋服やアクセサリーの卸店のショールームが多い通りだが、2軒、3軒とアジア食材店がみつかった。中国人が経営する店もあればスリランカ人がやっている店もある。

 スリランカ人の店で出前一丁、後日、日本風の粘り気のある米とンバルというカツオとチリを細かくふりかけ状にしたもの、中国人の店で四川省のそら豆のジャンを買った。スリランカ人の店員も、私達には興味しんしんで「何人か、ここに住んでいるのか」と目をクリクリさせて色々聞いてきた。こちらは英語ができるので、もっと話ができて面白かった。

 テルミニ駅まで戻って適当にカットピザで昼食後、オペラ座を経由して今日の観光の目玉であるバルベリーニ宮の国立古典絵画館の見学に向かった。オペラ座には公演予定が掲示されていたが7月8月はやはり夏休みで全く何も行われていない。街中の別の場所では夏の催しもあるのだが、今一つ興味がわかない。オペラ座の近くにはローマのクラシック音楽イベントのちらしを貼ったお店がいくつかあり、これらちらしで大分情報を入手することができた。しかし、フィレンツェのように心ひかれる音楽イベントがないようだ。ローマはコンサートに行く事はないみたいだと2日目にして決定。クラシック音楽に関してはフィレンツェの方が充実していた。

 オペラ座からバルベリーニ宮へはクイナーレの丘を越えて行く。上り坂を登り切った四つ角にそれぞれ噴水が配された交差点があり、これを超えて道を下って行く途中にバルベリーニ宮がある。登り切った四つ角のあまり素敵ではない噴水の写真などを撮影して、この四つ角にあるボッロミーニの傑作であるサン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会に注目し忘れていることにガイドブックをあらためて見て、今更気付いた。いやー、残念。
 

 もとバルベリーニ家の屋敷だったこの建物建築は途中からベルニーニが前任者を引き継いで完成させ、工事にはボッロミーニも参加しているというもので中の美術品もさることながら、建物も同時に観賞する価値のある場所となっていた。

 入場料金5ユーロでラファエッロの恋人を描いたといわれる「フォルナリーナ」、カラヴァッジョの「ホロフェルネスの首を切るユーディット」、ホルバインの「ヘンリー8世の像」他、13〜16世紀のフィレンツェのウフィッツィ美術館で見知った有名どころの絵画が満載の古典絵画館はかなりお得な場所だった。絵葉書や絵画解説書で見る写真と違って、生の作品を見るとこれら巨匠たちの素晴らしさがよくわかる。特に上記にあげた3作品は描かれている人物に生命が宿っているかのような活き活きとした表現に、何度も立ち戻って眺め返してしまった。

カラヴァッジョの「ホロフェルネスの首を切るユーディット」

ホルバインの「ヘンリー8世の像」

ラファエッロの「フォルナリーナ」

絵画館で見られる作品たち

 次なる目的地はクイナーレの丘の中にある国立パスタ博物館。ということでクイナーレの丘までまともやえっちらおっちらと登ることになった。途中にえらく素敵な教会があると思いガイドブックを見たら、サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会でまたもやベルニーニによる作品。教会内がシエスタで閉館だったので内部は見られなかったが、外観も人目を引く優雅さだった。さて、丘にはクイナーレの広場があり、その前にはクイナーレ宮がある。現在は大統領官邸ということで、入口には「絶対に通しません!」という構えの門番が建っている。

サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会

クイナーレ宮

クイナーレ広場

 じゃぁ一体、国立パスタ博物館はどこから入れっちゅうんじゃい。ということで、せっかく登ってきた坂をクイナーレ宮に沿って今度は反対側に下りて行ってみる。降り切った先は、トレヴィの泉から続いている楽しい観光通りで皆、気楽にジェラートなどを食べながらそぞろ歩いている所だった。皆、楽しそうなのに私達だけは国立パスタ博物館がみつからなくてイライラしていた。クイナーレ宮の坂下にいる交番の若い警官の言う事も、クイナーレ宮近くのホテルの立派そうな門番の言う事もみーんなはずれ。坂道を2回往復してギブアップ。つぶれたのだろうか?つぶれるくらいな博物館だから、へたに開館していてがっかりするよりも良かったんじゃないだろうか、いや良かったに違いない。

 ということで、そのままトレヴィの泉に突入。ものすごい観光客の数だった。トレヴィの泉よりも観光客の数に驚いたといっても過言ではない。次から次へと泉の前で記念撮影を行う人がいて面白いくらいだ。

 泉はよく手入れされているので水がとても美しく、もうそのまま飛び込みたくなるくらいに魅力的な場所だった。今までなんどかローマを訪れたがいつも夏以外の時期。トレヴィの泉が飛び込みたいくらいに魅力的に思えたのは今回が初めてだった。ローマの観光は見所も多いし、フォロロマーノを歩いたり街中を歩いたりして、確かに過ごしやすい気候の春や秋がふさわしいかもしれない。しかし、今回、超真夏のローマを観光してこんなにも各噴水が魅力的に見えるなら真夏のローマも悪くないと思った。ローマは魅力的な噴水が多いからね。

 ジェラート休憩を済ませてから今日2つめの用事をすませるために中央郵便局へ徒歩で向かった。途中で昨日サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会内で見たカラヴァッジョの作品の1つ「聖マタイの召しだし」をポスターにした現代アート展(無料)をやっている場所に通りかかったので入ってみた。

 ローマで観賞できる古典絵画作品を現代人が同じ構図で作った写真や、モチーフが中世のようなビデオ作品など、ローマならではの歴史を踏まえた新しい試みが見られて面白かったが、ポスターのカラヴァッジョは何も関係していなくて、その点ではがっかりだった。

 中央郵便局。今日は開いていて、局留めのコーナーに行ってこの郵便局宛てに郵便物を送りたいというと、以下のように宛先を書くと局留めになると教えてくれた。引き取りには受取人のパスポートなど写真付の身分証明書が必要だそうだ。イタリアでは局留めはFermo Postaという。英語圏ではフランス語を使ってPosto Restanteだったのに、国が違うと方式も違うなぁ。

「 
  自分の名前
  Fermo Posta. S. SILVESTRO
  Piazza S.SILVESTRO, 19
  00187 ROMA


 さて、これで今日の用事は終了した。時刻は午後30分。帰り途のポポロ広場へ向かうコルソ通りの道中で2ヶ所観光できる場所があったので立ち寄った。

  1つはアウグストゥス帝の廟とでエジプトのアレクサンドリアにあったアレクサンダー大王の墓を模して造られたそうだ。紀元29年だそうだ。現在発掘、修復中のようで工事現場のように囲われて中に入る事ができなかった。しかし、いずれはこれも公開されてまたローマの名所が1つ増えて観光客を呼び込むことだろう。観光資源に事欠かないローマとはいえ、常にこうして新しく発掘、修復して魅力の場所を増やしているのがたくましい。
 

 このアウグストゥスの廟からポポロ広場に向かって100mくらい歩くと両側に教会のある場所がある。どちらの教会もガイドブックに掲載されていなくてノーマークだったが入って見たら、これがまた素晴らしい装飾の内装で驚く。

 




 ポポロ教会のあるポポロ広場もまた1つの観光名所だ。中央には紀元前1200年頃エジプトで造られたというオベリスクが建ち、南側には双子の教会サンタ・マリア・イン・モンテサント教会とsナンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会が建っている。

 私達はこのポポロ広場の北側にあるローマ北部に向かうfs線(郊外線)を使っているので、これから朝な夕なにポポロ広場を横切ることになった。

 それでもって、このポポロ広場の北側にあるのが、本日最後の観光場所のサンタ・マリア・デル・ポポロ教会だ。ここは入場無料にしてカラヴァッジョの2作、ピントゥリッキオとその弟子たち
によるフレスコ画、ラファエッロ設計のキージ家の礼拝堂、ベルニーニの彫刻と教会と言うよりちょっとした美術館なみの秀作を持っている。特に人が集まっていたのはカラヴァッジョの2作「聖パオロの改宗」と「聖ピエロの逆さ磔」だ。

 私達が見学した時は、絵画をデジタル画像に収録する作業が行われてあまりよく見えなかったのだが、先述したように毎日のようにここを通るので後日、気軽に立ち寄って何度も作品を見る事ができた。カラヴァッジョ以外の作品は撮影可能。カラヴァッジョはだめだったなぁ。

 ということで、2日目の観光終了だ。


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