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2008.09.10
ファローリア山とトファーネ山へのロープウェイ
コルティナ・ダンペッツォは3000mを越える高い山々に囲まれて「黄金の盆地」と言われている町だ。町のはずれからこれら高い山のいくつかにピューッと気軽に登れるロープウェイがある。ヨーロッパに入ってからすっかり歩かない登山活動ばかり行っている私たちだが、ここでも楽してロープウェイで上にあがってみることにした。
最初に向かったのがファローリア山。町の北側にある鉄道駅前駐車場のずっと右側にあるロープウェイ乗り場は、あまり大々的に看板が出ているわけでもなく案外ひっそりとしている場所だった。
往復ロープウェイ代金一人14.8ユーロ。30分おきの運行なので朝10時を過ぎたばかりの今は30分近くまるまる待たなければならなかった。
ロープウェイが動き出すやいなや目の前には大きな岩山の姿が浮かび上がる。黄金の盆地コルティナ・ダンペッツォではあるが町中では建物に遮られてこんなにはっきりと岩山の全貌を見ることができないのでやはりロープウェイに乗ったのは正解だった。
10時42分、1回の乗換えを経て最終地点に到着だ。
到着地点からは後にしてきたコルティナの町がやたらに小さく、そして町に比してかなり大きく見える岩山の全容が広がっていた。この大きな岩山が後にロープウェイで登るトファーネ山だ。常のことだけど、こんなに簡単にこんな素晴らしい高さまで来られてしまうことに今日も驚いた。
ロープウェイで上がってきた画面側の斜面は上の写真のように大きく開けているが、到着した場所にあるレストハウスから裏手には更に上に登れる道が続いていた。駐車場は2時間分しか支払ってこなかったのでそれまでに戻らなくちゃならないとすると、あまり時間がない。しかしもう少し上に行ったら違った景色が楽しめるのではないかとという期待が大きくて、結局30度もあろうかという急坂を小走り気味にある程度まで登るということになった。
成果は?・・・
あった、あった。もうちょっと高くなっただけなのに左手に尖った岩山が集積する景色が見えてくる。見ているだけでも荒々しく硬質な感じのする岩山だ。この山の名前はクリスタッロ(3221m)。名前の通り水晶のように見える山だが、私の頭の中のイメージはつぼみがたくさんついた花畑だ。硬く閉じて咲くのを待っている可憐な花は実際は柔らかい花びらからできているのに、その閉じた様子が硬い意思を持ったもののように見えることがある。岩山の硬さがつぼみの意思の強さを思い起こさせるのだった。
小山の坂をのぼりきるとやっと向こう側が見えてきた。何か驚く景色を期待していたのだが、ここよりも高い山は見えずにただ脈々と連なる山脈が見えている。景色に驚くことはなかったが、こんなに脈々とつながる山を越えないとコルティナ・ダンペツォに来られないのだ、今私たちが滞在しているのはそんな町なんだなぁという認識が強まる景色だった。山を越えないで回り道してくるのに大変時間がかかったので、こういう思いはより強かったのだ。
駐車場の時間との戦いがなければ、もう少し山頂でゆっくりしたり、もっとどこかに歩いて行きたい気分だったのだが(1日中ハイキングできるコースもあるようだ)、ドイツ文化が入り込んでいるこの地域で駐車料金未払いで駐車し続けたら、1時間オーバーと言えどもどんな罰則が待ち受けているのかと思うと恐怖で私たちは苦労して登ってきた急坂を転げるように降りてロープウェイに乗り込んで時間通りに戻ってきたのだった。
一旦キャンプ場に戻って昼食。今日はスペッツレというほうれん草を練りこんだパスタ。これをスープにパンとハムとレタスとパルミジャーノ・レッジャーノだ。イタリアに入ってからパルミジャーノはすっかり食卓のお馴染みメニューとなり、日本でのように削って食べるだけでなくスライスにして食べることも多くなった。ナッツのようなコクがあっておいしい。パスタはあまり味がしないが面白い食感だった。
昼休憩の後、再び車に乗り込んでもう一つの山ファーネ山へのロープウェイ乗り場に向かった。昔、コルティナで冬季オリンピックが行われた際に使われたスケートリンク辺りで道に迷ったのだが、人に聞いてもう少し先にあるロープウェイ乗り場にたどり着いた。
赤い線がロープウェイ。緑の○は中継地。 |
ファローリアの2341mに比べてトファーネ山は1000m近く高い3243m。山頂まで上がるロープウェイ代金も一人22ユーロとぐっと高くなった。トファーネ山まではロープウェイを3つ乗り継ぐようになっていて、料金は各中継点の片道までの料金と往復の料金にわかれている。私たちは山頂までロープウェイで行って、帰りは下から1つめまでロープウェイに乗ってあとは徒歩で戻ってくることも考えたが、その場合は山頂までの往復ロープウェイ代金を買うのが一番安いことになり、更に一番下の中継地から麓まで戻る散策路は森の中を歩くことになるのであまり景色は面白くないという情報を販売窓口で聞いて、結局往復共にロープウェイを利用することにしたのだった。
ロープウェイ乗り場にはマウンテンバイクを積んだ若者集団がごっそり乗っていた。4〜5名の青年たちはイギリス人でマウンテンバイクで向こうに見えている、今から行く山頂よりも高い場所からずっと下ってきて、今は1番目の中継点からもう一度麓に戻って今日の締めくくりにしようというグループ。残りの2名は高校に入ったばかりかと思われるイタリア人の少年で同じく1つ目の中継点から下るようだった。身に着けているプロテクターがすれて土埃がついている所をみると何度も転倒しているようで、それでも続ける勇気に若さを感じるなぁ。
1つ目の中継点で降りる間際にイタリア人少年の携帯に電話が入った。イタリア語はわからないが「ママ」と言っていたので母親からの電話らしい。どうやら何時に戻るのか、夕飯の支度があるからちゃんと帰っていらっしゃいという警告の電話だったのかもしれない。高価なマウンテンバイクを操り、外国人のバイカーに混じってイッチョマエにやってるけどイタリアンママの庇護のもとにいるってのが笑える。
1つ目の中継点でバイカーグループがどっと降りてからは、あとは山頂に向かう観光客のみとなった。日本人1名、私たち、ドイツから来たカップルと他数人だ。
次のロープウェイが出発するまでの僅かの間に眼下になった町の風景と朝登ったファローリとクリスタッロの姿を撮影する。
次の中継点からは先ほど同じくらいの高さに見えたファローリアなどを見下ろすような位置まで登ってきた。見上げる山頂は遥か彼方でこれからも物凄い勢いで登っていくことがわかる。最後のロープウェイからの景色は草木も生えていない岩肌むき出しの岩盤が間近に見える。ロープウェイに乗る前に山頂から1つ下の中継点まで徒歩で降りることができるかと聞くと「重装備かつ十分なトレッキング技術を持っていないと難しい」と言われた意味を今悟ることになった。こんなの絶対に無理。
山頂のロープウェイ基地は岩に噛み付くように建物が建てられた場所で、そのぎりぎり加減にロープウェイ内の観光客は無言で顔を見合わせて感情を共有。こういう時に言葉は必要ない。
山頂から町は更に小さくなり、トファーネ山の高さを十分に感じることができる展望台があった。ふと見ると展望台の奥に上に向かう階段がある。山頂のロープウェイ基地とはいえもっと上に登れるようだ。私たちは元気良く階段を登って更に上を目指すことにした。何たって今日1日あまり運動していないから体力を十分にあったのだ。階段を上りきるとやや上りの坂が続いて、その先に断層があらわになった岩山がある。上りの坂道をまわりこんでいくとこの断層の一番上に人が集まっている場所があり、ここが本当に山頂だと思われた。この山頂へどうやって行くのかあちこち歩き回った結果、坂道から岩山をよじ登っていくしかないということになって、両手両足を使ってイグアナの気分で山頂まで登った。
山頂の目の前は今日一番高い場所から見たコルティナの町とその背後の山々が見え、右手には白っぽく尖って先端だけが茶色くなった、昔食べたアポロチョコみたいな岩がいくつか並んだ山に孫悟空のキントンウンのような雲が浮かんでいる。裏手は殺伐とした岩山が脈々と続く景色だ。
午前の景色と午後の景色をあわせて考えると、コルティナ・ダンペッツォという町はドロミテの中に奇跡的に現れた盆地なのだろう。コルティナのように広い範囲の麓というのは見渡す限りなくて、本当にドロミテの懐に抱かれた町がコルティナなのだと実感できた。
山頂の狭い場所には私たちのようにロープウェイで上がってきた観光客の他に、仙人のように白い髪と顎鬚を長く伸ばした老人がいた。老人に見えるが無駄な脂肪は全くなく見えている腕や足は筋肉隆々。傍らにはストックもある。ってことは、もしかしてここまで足で登ってきたのではないだろうか。ヒェーーーー。凄い。
私たちが到着してしばらく後、この仙人はヒョイヒョイと山を下り始めたのだが、それもロープウェイのある方向とは逆の方向。時刻は午後3時半になろうとしていて今から一体どこに向かおうとしているのか謎だった。もしかして岩山の洞窟で野宿も辞さないトレッキングの達人なのかもしれなかった。
歩いて上がってきたわけでもないが、やはり山頂からの景色というのは去りがたい。見晴らしが良くて気持ちのいいということだけが理由ではなく、天候の移り変わりが激しく雲の形や光の当たり方が刻時変化していくので飽きが来ないからだ。
到着した時はやや雲が出始めた程度だった空は、風に乗って雲がどんどんと押し流されて来てあっという間にコルティナの町に霧雨を降らせた。その霧雨に雲間から指す太陽の光が当たって壮大な規模の虹がかかる。最初はうっすらと短くあらわれた虹は次第に濃さと長さを増しながらコルティナを覆い尽くすほどまでに大きくかかっていく。
と思うと雲間からの太陽の光が強くなって虹が消え、暗く雲にかげった山々のある一部分だけが晴天のように光り輝き始める。
目の前で大規模に繰り広げられる物語は言葉なくとも雄弁でダイナミックで面白かった。そんな風景を見ながら、そういえば私たちが宿泊しているキャンプ場はどの辺りだろうかと探し始めると、川と建物群から大体の見当がつく。ふーん、あそこかぁと眺めてふと「そういえば洗濯物、どうなっているんだろうか」と思いついてしまった。
しまった!
この雨だと地上はかなり降っているに違いない。せっかく大自然のロマンにひたっていたのに明日の洗濯やり直し作業に頭がいってしまって戻れない。もう心がそちらに行ってしまってこれ以上景色が楽しめないと思ったので、山頂を降りることにした。
ロープウェイの往復チケットは途中下車が可能だ。洗濯物は気になるが一応各中継地で下車して景色を楽しみながら下った。
相変わらず急に霧雨、虹、晴れ間というめまぐるしい展開が続いていてまさに山の天気は変わりやすいことを実感したのだが、中でも面白かったのは雲の上の晴れ間と下の暗い部分が一度に見られる景色だった。飛行機に乗っていると暗い部分から上昇して明るい部分に突き出す経験は何度もあるが、上から下までを通観できる景色はこういう位置からでないと見えないだろうから、これは面白い。
こうして観光を終えてキャンプ場に戻ると、あの雲が嘘のように消えて穏やかな晴れ間が広がっていた。心配していた洗濯物には黒いビニールシートがかけられて全くと言っていい程濡れていなかった。
これはお隣のオランダ人キャンパーのご主人と奥さんの計らいだった。奥さんは「突然大雨が降ってきたので主人がビニールシートをかけたんですよ」と語りキャンプ場ではこうしたお隣さん付き合いは当たり前なんですと言ってくれた。
オランダ人の旦那さんは、かつて30年くらいテントを使った休暇を楽しんできたが、最近キャンピングカーを購入したのだそうだ。私たちの素人っぷりを横で楽しみつつ観察してくれているようで、洗濯物のお礼を言うと更に点との4隅に付いている金具の使い方が間違っていることも教えてくれたりして、非常に親切だった。
後日お礼にケーキを買って旦那さんに渡しておいたら、しばらくして帰ってきた奥さんが「本当に普通の事なので、こんなお礼は必要ないのに」と何度も何度も繰り返して言う。いやいや受け取ってもらわないと私たちも心苦しいからと言ってやっと受け取ってもらったのだった。ここら辺のやり取りがまるで日本の田舎のように慎ましく温かいものがあって、コルティナでの滞在を思い出深いものにしてくれたのだった。
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