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2008.08.16
ジェノバ訪問
ジェノバで連想することはパスタソースのジェノベーゼと「母を訪ねて三千里」のマルコが暮らした漁村の下町。例によってごく限られた貧困なイメージを抱いてジェノバに車で入り込んだ私は、まず「マルコの町並み」からは程遠く、いかにもイタリア的で豪奢な回廊でできた通りに度肝を抜かれた。
町の西側に駐車した私たちは、この豪華な通りを通ってフェッラーリ広場に至ったのだが、広場に至る道沿いの両脇の建物は昔の金持ち商人の邸宅だったのだろうか、1階は7〜8メートルの階高があり、1階部分の道路に面した3メートル幅ほどが歩道になっていた。
道路との区切り部分の柱、見上げる天井のテラコッタだろうか凝った装飾、足元の床はモザイクの石がはめこまれている。古いことは古いがビシッとしたデザインが今でも美しさを保ち、しばらく南仏の田舎ばかり巡ってきた私たちの目には久しぶりの都会、それも17世紀にワープした都会を感じることができるのだった。
建物は古くても1階のテナントに入っている店は現在に生きているものばかり。私たちはフランスの本とコンピュータや電化製品のチェーン店を行っているfnacの支店を見つけたので入ってみた。
実は10日くらい前に夫のコンピュータのアダプターが壊れてしまって作業が滞っていたのだ。fnacのコンピュータ売り場をのぞいてみるとアダプターが売られている。ここで入手できないと日本と連絡を取るなど煩雑な仕事が増えるので困ると思っていたのだが、ここに売っていたアダプターは電圧を選べるし、コンピュータへの差込口も付けかえられて様々な電化製品に対応できるようになっていた。何という優れもの。今日は買う準備をしていなかったので、後日また買いに来ることにした。
また、イタリアのちゃんとした地図をまだ購入していなかったので地図売り場に行くと、英語が話せる店員があまりいない。どうしようかと思っていたら「あなた、日本人ですか?私、日本語できます」という女性店員が突然あらわれて、あれよあれよと地図売り場に連れて行ってくれたのだった。こんな所に日本語が流暢な人が働いているなんて驚き。彼女は趣味で日本語を勉強しているのだそうだ。
こうして観光がてら必要な物を買いながらフェッラーリ広場に到着した。大きな噴水が真ん中にあるロータリーになっている広場で周囲を取り囲んでいる建物がまた贅沢で大きなものが多い。
一つは両側を道路にはさまれている建物で現在は銀行になっているものがあり、その左手には劇場になっている美しい柱が特徴的な建物、銀行になっている建物の向かいが王宮になっていた。
イタリアというのは8月14日から30日までが夏休みだそうで、町はガラーンとして空っぽな感じ。現地の人らしい人影がとても少ない。取り残されたような観光客が夏のカラッと強いひざしに晒されてフラフラと歩いているだけなのだった。ゴールデンウィークの東京丸の内といったら言い過ぎだが、まぁ、そんな雰囲気をかもし出していた。
王宮の入り口の建物を抜けて左手に行くと、港まで続くやや賑やかな通りになって少しホッとする。いくら夏休みだからってあまりに放っておかれても寂しいからね。
噴水側から見ている分にはそうでもなかったのだが、王宮はこの通りに面した方角が正面だったらしく、ここで振り返るとなるほど王宮らしく見える。しかし、今までヨーロッパでお目にかかった王家の館と比べると随分と庶民的な建物に思われる。いや、建物自体は豪勢かもしれないがやけに町中で狭い敷地に建てられているのが「王宮」という響きから遠い感じのする建物であった。もっとも、ここは17世紀に勢力のあったバルビ家の館であったのを後に王家となるサヴォイア家が所有したので王宮と呼ばれているという解説を読むと納得するのだが。
この王宮の前庭に観光案内所がある。私たちはここでジェノベーゼを食べさせてくれるトラットリアはどこだろうかと聞いてみた。国によっては「公的な立場にあるので答えられない」とか「どこもおいしい」とか当たり障りのない返事をする場合があるのだが、ここの観光案内所は素晴らしい。自分の行きつけの店や評判のいい店など4軒くらいも教えてくれたのだった。昼も近くなっていたので、早速この情報を頼りに町を歩いたのだが、夏休みで3軒までは閉まっていた。観光案内所の彼女が最後に教えてくれて最もお勧めのお店Raibettaだけが営業していた。裏通りにあるしっくりとしたいい店で中は既に常連客がたくさんはいっている模様。いい感じじゃないの!
ところが外に貼り出してあるメニューを見て愕然とする。ジェノベーゼのパスタ類はことごとく10ユーロするのだ。丁度ユーロ高で1ユーロ170円もしていたので具なしのジェノベーゼに1700円というのは痛い出費だった。しかし「ジェノバでジェノベーゼ」という響き。これがねぇ、どうにも魅力的でねぇ。私たちはかなーり長く考えてやっぱり食べておこうと店の中に入ったのだった。
こざっぱりとした店内では老練なウェイトレスさんたちがテキパキと注文を聞いたり給仕したりしていて、その甲斐甲斐しい応対振りが年季の入った店内の装飾とマッチして、ようやく私はイタリアの港町に来たなぁという思いがしたのだった。
隣のテーブルは老人3人組でお婆ちゃん2人とおじいさん1人。3人それぞれがジェノベーゼの異なるパスタを注文して食べていた。やっぱりジェノバでジェノベーゼってのは定番のメニューなんだ。おじいちゃんは懐から何かの瓶詰めを取り出してジェノベーゼにふりかける。何とパルミジャーノ・レッジャーノじゃないか。もちろん店もパルミジャーノは用意してくれているのだが、じいちゃんは自分のパルミジャーノじゃないと嫌らしい。イタリア人のパルミジャーノへのこだわりが感じられる。3人はパスタの後に1つのマグロステーキを分け合って食べていたが、このステーキもかなりの量。ご高齢にかかわらず旺盛な食欲もまたイタリア人という感じがした。
ここで出されるジェノベーゼは注文を聞いてから作っているに違いない。以前、自分でジェノベーゼを作ったことがあったが、時間がたつと黒ずんでくるものなのだが、ここのは鮮やかな黄緑色をしていた。味もえぐみや苦味がなくフレッシュなバジルの爽やかな風味ばかりがする。これが本物のジェノベーゼかと、今まで味わった中で最良のソースを楽しんだ。しかし1700円は高すぎる。二人で1つにして、もう一品は別の料理にすれば良かった。「ジェノバでジェノベーゼ」のフレーズにつられるあまりに、二人ともジェノベーゼパスタにして阿呆のようにひたすらジェノベーゼを食べ続けていたからねぇ。ま、ちょっと飽きるくらいまで堪能したってことでいいとしよう。
このトラットリアの先はもう港の風景だ。
左手には東リビエラの景勝地で知られるポルトフィーノやチンクエテッレに行くツアーのボートが出ていて、真ん中には近代的な真っ白で巨大なオブジェが立ち、左手にはヨーロッパで屈指といわれる水族館とちょっとしたショッピングモールになっている。
これまでどこを見ても古臭いような建物ばかりの中を歩いてきたので、この真っ白で巨大なオブジェがとても異質なものに見える。港に面している広場だけが、ジェノバの他の部分と切り離されているようなイメージがするのだった。
私たちはツアー船が出ている方に歩いていってみた。ここからポルトフィーノなどに行ける船が出ていることをしらなかったので、どこに行く船なのかと観察していると、またもや「日本人ですか?」と今度は男性が話しかけてきた。今日2人目の日本語を話すイタリア人だ。「あら?日本語が話せるんですか?」と聞くと「少しね」と言う。その言い方があまりにこなれていたので、てっきり流暢に話せるのかと思いきや、彼の場合は本当に挨拶程度しか話せない。「ああ、そうねぇ」とか「仕方ないね」など脈略なく言うのだが、発音は完璧に近くて、一体誰からそんなに完璧な日本語を教わったのか非常に不思議だった。
水族館の裏手に海を囲った場所があり、海賊船のような船が置いてあって有料で内部を見学できるようになっていた。この辺りはやたらに黒人が違法コピーのルイヴィトンやグッチなどのカバンを路上に並べて売っており、その合間に中国人がお客の名前を中華風に飾りつけながら麗々しく描くという商売を行っていた。私たちから見るととーっても怪しい雰囲気なわけだが、案外名前を描いてもらっている人やカバンを手にして買おうかと考えている人がいる。これもジェノバらしい風景となりつつあるのかもしれない。
港から再び旧市街に入って今度はガリバルディ通りをめざした。16世紀から裕福な貴族が大枚をつぎ込んでこの通りに屋敷を建てたという通りだそうだ。ファサードに使われている石の色から赤の宮殿と呼ばれる建物と同じ貴族によって建てられた白の宮殿が有名だというので探しながら歩く。
港は清々として広いのだが、この辺りは細い路地が続いて地図を見ていても迷子になりそうな場所。みつかった赤の宮殿も広い場所に建てられているわけではなく、狭い路地に面してギューッと立てられていて先ほどの王宮の時と同じく宮殿という響きから想像する建物とはちょっと違っている。これがジェノバのようだ。赤の宮殿を抜けるとガリバルディ通りだが、こちらは今までの通りに比べれば少し広い。両脇に建っている建物は確かに装飾の凝ったお屋敷だった。
ただ、広いとはいえ、その装飾の素晴らしさが太陽の日に当たった姿を写真におさめるのは難しい程の広さ。そこで、これらお屋敷の扉の写真を紹介して豪華さを知ってもらいたい。
入り口の扉は夫の背丈の倍以上あり、そこからもう少し高い位置に1階の天井がある。日本のオフィスだったら2階分の高さになるだろう。こういうゆったりとしたお屋敷が並んでいるのは壮観だ。
ガリバルディ通りから再び細い通りに入ってブラブラと散策を続ける。夏休み、そしてシエスタの時間帯に入ったということもあり通りはいよいよ人気が少なくなってきた。
なんとなく最初にたどりついたフェッラーリ広場まで戻ってきて、私たちのジェノバ観光もこれくらいで終了と思われたが何となくフィニッシュにふさわしいイベントが欲しかった。
そこで王宮前に戻って、午前中に目をつけておいたジェラード屋でイタリア初ジェラードを食べることにした。忘れていたのだが、イタリアンジェラードというのはこんなに素晴らしいものだったのか。もぎたてのフルーツがそのままアイスになった味がする。この後、イタリアで度々ジェラードを食べることになるが、ほぼ裏切られることなく素晴らしい味で、これが同じヨーロッパでもちょっと隣のオーストリアに入った途端にアイスクリームになってしまうから不思議だ。イタリアは国家ぐるみでジェラードの作り方が漏洩しないようにしているのかと思えるくらい他の国で味わうことが難しいのだった。
素敵なジェラードでジェノバ観光フィニッシュ。ミラノで人と待ち合わせしていることもあり、ジェノバに割く時間があまりない。あと数日あればポルトフィーノやチンクエテッレにも足を伸ばしたかったが、そう急くのも面白くない。これらは次回の楽しみにとっておくのもいいだろう。
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